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April 30 はいだしょうこと節句とバイクと 土曜日 火曜日に節句があって娘に着物を着せるので、初美容室。意外とおとなしく切らせた。やっぱプロの技はすごいなー。
日曜日 ハウステンボスへはいだしょうこを見に行く。子供向けなので子供向けキャラだったが、ちょっとだけ素を見られた気がする。 写真は撮れないので客側の写真。 火曜日 息子の初節句。皆様に笑顔を提供する。 バイクのエンジンを2週間かけず、ゴールデンウィークも乗らないので、このままだと4週間になりそうだ。というわけでエンジンをかけてみると、かからなかった・・・。2週間でかからなくなるとは。 単純なバッテリーのエネルギー不足なので、家の軽とつないでなんとかかける。 バイクを置いているところが土で、雨が降るとどんどんバイクが傾いていってしまうため、スタンドにかまぼこ板をかます。勤務してたら溶接練習の鉄板とかすぐに手に入るのだが。そもそも勤務していたら板をかます必要がないか。 April 27 プラレール プラレールは自分の結婚式のとき、鉄道好きをアピールするためのディスプレーとして購入し、倉庫に眠っていた。
そういえばあったなと思って引っ張り出したら、娘が大興奮で、毎日毎日「プラレールプラレール!」と言っている。 路線の設計は娘。まあ当然周回路が作れるわけはないので、そこは私が修正して何とか周回路にする。が、修正にも限度があるので、Uターンレールとかまがレールなど買ってきて、車両も少し増やした。最近はおもちゃ売り場のプラレール部品を吟味する日々である。いや、全ては娘のためであって、私のためではありません。 プラレールは工業知的財産所有権を勉強した後に見ると、すごいアイディアが詰まっている。しかもなんと40年以上基本設計は変わらず売られ続けているスーパーなおもちゃだ。 April 24 出動記録 蘇陽4 次の日。日曜日。
もう二日風呂に入っていないという事態になってしまった我が家。私はそんなに気にならないけれども、子供は外遊びをしてかなりどろどろ。このままじゃネグレクト寸前だ。当初はキャンプ場で昼ごはんまで食べていく予定だったが、早めに撤収して風呂に入ってから帰路に着こうと計画する。 入浴施設はキャンプ場から5分程度のところにある。しかしぐずぐず我が家のこと。そこに着いたころにはもう昼の12時になろうとしていた。もう入浴欲より食欲のほうが勝っていたので、幸いにも併設のバイキングレストランにてしこたま昼食を摂った。 妻は息子を、私は娘を連れてやっとの入浴開始。娘を隣のいすに座らせ、まずは私から洗う。こういう場所での娘の入浴。以前は大変だったが、2歳になった今はだいぶん楽になったもんだ。感慨にふけりつつ体を洗っていると、なにやら娘に異変が。何か懇願しているような困ったような顔だ。もしや!催したのか!トイレへ行こうとまだ石鹸がついた体のまま急いで娘を抱え上げ数歩歩いたところでバナナ大のもの一本を浴場床に産み落とした。眼鏡をかけていないのでぼんやりしているが、信じたくないが確かにそれはそれだ。もう思案する暇はない、私はそのバナナを素手でつかみ脱衣場のトイレを目指す。目指すが眼鏡をかけていないのでよく見えない。たどり着いたらドアには倉庫と書いてある。バナナを持ったまま脱衣場をうろうろ。部屋の対角のドアは無事トイレだった。脱衣場の客たちは手に持っているバナナがなんだったか気づいただろうか。 浴場に戻り、産み落とした場所を現場検証すると多少の残骸があったので何とか後始末を終え、何事もなかったかのようにその後の入浴を無事こなした。 もうこの事件のインパクトが強すぎてあまりその後のことは覚えてない。 帰りは距離にして220km、時間にして4時間40分だが、トレーラー旅に慣れてしまった夫婦にとっては、意外と近かったという感想で帰ってきたのであった。 April 23 出動記録 蘇陽3 結局キャンプ場に着いたのは当初の予定より4時間以上遅い13時ほどで、もう既にスノーピーク色の一夜村が出来上がっていた。空いているサイトはイベント会場から最も遠いエリアとなった。
それでも到着できたことの安堵を味わい、生活スペースを設営し村の住人と同化した。 この後、16時までは各種イベントが行われ、19時半からはスノーピークグッズが貰える抽選会が焚き火を囲んで行われる。180組以上ものキャンパーの集客力はこれかも。
この16時から19時半までの間に晩御飯を済ませ、風呂に入っておかねばならない。 とりあえず設営もひと段落し、一服着いたので散歩ついでにイベントでも見に行くかと動き出したのだが・・・。 移動開始早々、娘が2歳児特有のこだわりぐずりをはじめ、歩みは遅々として進まなくなる。キャンプ場に響き渡る娘の泣き叫ぶ声は申し訳ないのだが、もうこうなったらこだわりをあきらめるまで待つしかないのだ。そしてまた遅く着いたつけでイベント会場までかなりの山行。 ここで勇気ある撤退をすればよかったのだが、私もイベントを見るというこだわりを持ち、登山を続けてしまう。何とかたどり着いたが、私としてはイベントは大したことなく、妻はイベントの草木染で満足気で、娘はイベント会場近くにあった草そりで機嫌はよくなったが、時間は浪費した。下山はスムーズだったが自サイトに戻ってきたのは17時。 ここでベテランキャンパーよろしくすばやく火起こし出来ればよし。しかし変なこだわりで文明の利器など使わず火起こししようなどと欲を出したため大いに手間取り、1時間も要してしまう。帰ったら素直に火起こし用のバーナーを買おう。 結局晩御飯を食べ終わったのは20時過ぎで、抽選会には参加できず、前日出発に手間取り風呂に入ってこなかったにもかかわらず風呂にも入れなかった。 April 22 出動記録 蘇陽2 広川SAで目覚めた朝。私としては早めに起きて7時には出発したいところだったが、我が家はどうにも快眠をむさぼる傾向にあるためうまくいかない。結局8時に出発となった。いやこれでも我が家からすれば異例の早さである。 ナビによれば、キャンプ場到着予定時刻は10時40分。9時に着きたいという予定からはずれるが、まあ仕方ないだろう。 2時間走行後、つまり10時ごろ、運転手としてはまだ運転できるが、チャイルドシートにしばりつけられた子供のことを考え、通潤橋の道の駅で休憩することに。帰りに寄る予定だったのだが・・・。10分くらいの休憩で済めばよいのだが、偶然にも通潤橋が放水していたことなどから、あれよあれよと時間は過ぎ、1時間以上も滞在してしまった。つまり11時過ぎ。 本来ならここで娘のオムツを換えるはずだった。朝のばたばたで忘れ、昨日の夜からのオムツをしたままだったのだ。しかし、忘れてしまった。出発直後に気づくも13mある我が家の車はおいそれとは止められない。もうキャンプ場まで40分くらいだから、行ってしまうかなどと話しているとき、今度は清和文楽邑という道の駅が見えた。妻は道の駅のスタンプを集めていることもあり寄ることに。 オムツを換えたら即出発と行きたいところだが、またまたそうならず、もう昼だということで、ここのレストランで昼食をとることとなった。とほほ。 食後、早く到着したい父親の気持ちとは裏腹に、芝生で嬉々と走り回る娘。とほほ。 April 21 出動記録 蘇陽 その1 4月第1週末は、トレーラー牽き仲間の方が九重に新規オープンしたキャンプ場お披露目会のお誘いが。しかもキャンプ場代タダ。
しかし自治会の会議があり、苦渋の断念。 4月の第2週末は、九州のキャンピングカー所有者の集まりが阿蘇にて。しかし、自治会の掃除と総会のため断念。 4月の第3週末は、アウトドアグッズブランドであるスノーピークのキャンプ会が熊本の蘇陽である。このキャンプ会は人気があって、定員は180組と多いにもかかわらず抽選である。特に安いとかそういうわけでもないのに。で、我が家は無事当選。2週にわたる自治会ストレスを発散するために参加することとする。 キャンピングカーの鉄則は、夜間割引狙いで金曜夜から出発し、高速道路内で寝る。今回もその鉄則を実行だ。 キャンプの受付は土曜朝9時からで、選ぶサイトは早いもの順ということで、できるだけ早く到着したい。そのため夜の内にできるだけ走って、高速を出るぎりぎりのところにある託麻PAで寝るつもりであった。 いろいろ準備していたら結局出発は21時。ナビによると託麻PA到着予定時刻は23:40。なかなか厳しい。我が家の普段の生活リズムは9時10時くらいに寝て、朝4時くらいから行動開始なので、出発直後からもうお眠だ。 更に追い討ちをかけるのが、息子は暗い時、チャイルドシートに座らせるとぐずるということだ。何とか寝かしつけるも、あまり持たない。 鳥栖ジャンクションを過ぎたあたりから、私の眠気も強くなり、息子もまたぐずりだしそうで、もう限界近いということで、この日の目的地から60kmばかり手前の広川SAにて就寝とした。 この決定は仕方なかったが、この後の行程に大きく影響することになろうとは、まだ知る由もなかった。いや、予感はしていたけどね。 April 17 晩御飯 料理なんてあまりしなかった私としては、晩御飯はレシピを見ながらつくるしかない。 でもレシピってどうも調理検定3級程度の知識(といっても常識だろうが)を前提に書かれているようである。 作りながらわからない用語に出くわし、インターネットでその用語を調べつつまた料理に復帰するという日々だ。 今週ぶつかったことは ・拍子木切り ・下味をつける ・乱切り ・適量(ってどれだけ?) ・薄くまぶす(ってどれだけ?) ・油抜き ・水にさらす ・落し蓋 ・はらわたを取る ・ねぎの千切り ・里いものぬめりを取る ・小口切り ・塩もみ ・水気を絞る まったく知らないわけではないけれど、いざやろうとするとどうやってやるのかわからないものがあったりする。 たとえばまぶすなんて知っているが、どんな状態になるまでまぶすのかとか、その程度がわからないのだ。 だんだんと経験値は増してきているので、1年経ったら普通の主婦くらいにはなっているかも。 April 15 封印 子育て主夫になるにあたって封印せざるを得なくなったものはバイクである。バイクは趣味と言えるほど入れ込んでいるつもりはないのだが乗ることは好きだ。
考えてみれば今あるバイクは買ってまだ一年も経っていない。まだ乗ってて楽しい時期だった。 バイクに乗るには一人になるしかないが、子育て主夫は片時も子供と離れることができないため、当然乗ることはできない。 長男がもうちょっと大きくなったら、男水入らずでタンデムツーリングにでも行こう。 長男がもうちょっと大きくなったら、男水入らずで二台でツーリングにでも行こう。「お父さんはなー、おまえのおむつを換えるためにバイクを封印してたんだぞー」なんて言いつつ。この夢の台詞を言えるまでライダーでいたいな。 April 14 メニュー 主夫を最も悩ますのが、食事のメニューだと思う。現在のメニューの決定はいかにして行われているかというと、もらったものやら何やらでさまざまな食材が使われずに残っているのを発見したので、それらを「処分」するレシピをインターネットで検索して料理している。
にはANCHOAって書いてある。ほかにもヒントを探すがイタリア語なのでさっぱり。単純にアンチョビなのかなーと思って恐る恐るあけるとオリーブだった。
イタリア土産なのできっとイタリア料理に合うに違いないと考えピザに置いて焼き食べてみたらなかなかだった。でもこの量。毎日ピザってわけにも行かず、保存が利くのかもよくわからず。手探りは続く。 昨日BShiにてシベリア鉄道のドキュメンタリーがあっていて、食堂車のメニューが出てきたのだが、このオリーブがそのまま結構な量皿に置いてあった。これ、向こうの人はこのまま食うのか?結構厳しいぞ。 ほかにもなぜかスキムミルクが5袋くらいある。スキムミルクはパン作りでコンスタントに使うが、さすがに5袋消費するには相当な時間が必要だ。 April 11 10日目記念 主夫をはじめて10日。大分板についてきたのではないかな。最初は苦痛で溜め込んでいた皿洗いも、現在はきれいなシンクを保っている。
洗濯物もいろいろ干し方やたたみ方を試行錯誤しつつやっている。 子供について、生命の維持に関してはできるなと感じている。これが最も心配だった。ただし、栄養のバランスとか、いい子に育つようにとかそこにはまだ考えが及ばない。 離乳食は主食と野菜とたんぱく質の三つの分類で与えるようだが、たんぱく質って何に含まれてるの?って位、食に無関心だったもので。今から家庭科の勉強です。 遊びについても未熟。「これっくらいのっ、おべんとばっこにっ」とか「おおきなくりのーきのしたでー」とか振りつきでやると大変喜ぶようだが、正確に覚えてない。 上の娘がここ1ヶ月くらいできるようになったことをあまり記録していなかったのでちょっと列記しておくと 数字が15くらいまで数えられるようになった 手洗いの過程がすべて(蛇口をあけ手を濡らし石鹸をつけ、洗ってまた蛇口を閉める)一人でできるようになった 条件文が理解できるようになった お菓子の小袋を自分で開けられるようになった April 09 アンパンマンApril 07 タイヤ交換April 06 休日は休日だった 主夫(婦)なんてのはずっと家にいるわけだから、休日も平日も変化がなさそうだ。だけども、まるで仕事をしているかのように、平日は休日を心待ちにしている自分に気づいた。
これは休日になると妻が出勤しないからである。妻が家にいて嬉しいなんてなんだか美しい話のようだけど、そういうことではなくて、家に大人がもう一人いるということは大変助かるのである。気分的に休めるから不思議だ。 April 04 公園デビューApril 03 洗濯物とお座りApril 01 育児休業初日 一応朝ごはんを作ろうとするが、冷蔵庫の食材の状態がよくわからず、目玉焼きを作ってお湯を沸かして終わりだった。まあ初日はこんなものだろう。
妻は8時前には出勤し、いよいよ主夫が始まる。 たぶんここで洗濯を始めるのだろう。風呂の残り湯を汲み上げつつ洗濯機を始動。 たぶん型崩れしないとか、早く乾くとかいろいろ干し方にも流儀があるのだろうが、よくわからないので、とりあえず思うように干す。 火曜日は子育てサークルの集まりに行くのが今までの習慣だったようなので、準備をするが、ここで娘とバトルだ。 娘は今何でも自分でしたがる年頃なので、服も自分で着るのだが、前後ろが逆なのだ。で修正しようとすると嫌がる。相当なバトルの後、もう反対のまま出発した。 子育てサークルはやっぱりお母さんばかりである。子供たちはそこで有名なんだけど、私はかなりのアウェイ感だ。 元来子供嫌いで、子供の扱いが苦手なので、寄ってくる子供の相手に困ってしまう。子供たちは私に男としての対応を求めるのだ。男の力強い遊びを求めるのだ。だけども、上記の理由により無邪気に遊べないんだ。しかし、たぶんぎこちなかったと思うけど、がんばって走り回った。 離乳食はただヨーグルトとつぶしたバナナを混ぜたのみで、初日はこんなものか。今からレパートリーを増やしていこう。ミルクについては沸かしたお湯を魔法瓶に入れて持っていってしのいだが、これで十分だ。かなり手早く作れるようになった。 乳幼児を抱えている場合、1時間早く帰れる制度があって、それを活用して妻は速く帰ってきたため、晩御飯の準備については本日は免除。 こうして初日は乗り切った。 |
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